ピニン・ファリーナがただ1台だけ手掛けた「希少種」|ジャガーXK120

1954ジャガーXK120SE ピニン・ファリーナ(Photography: Matthew Howell)



次は私の番である。狭いが、座り込んでしまえばそれほど窮屈ではない左側のシートに小さなドアを潜って収まる。これはアメリカ向きに造られた車だから、ステアリングは左にある。オリジナルXK120 FHCのキャビンはもともと広いとは言えないが、PFXKのルーフはそれよりさらに低い。大径でほとんど垂直のステアリングホイールは、同じく直立したシートバックからそう離れていない。ダッシュボードに並んだ黒いノブのひとつを押せば、エンジンには簡単に火が入る。オリジナルのモスギア社製ギアボックスの1速はリバースと隣接しているので注意が必要である。この車にはオーバードライブの備えはなく、ギアレシオは英国のカントリーロードと完全にマッチしているものの、現代の高速道路での長距離走行には少し低すぎるかもしれない。動き出せばすぐに、この車の見事な完成度に気づく。ベースとなったXK自体の完成度が高いからであることは疑う余地はないが、6750時間も費やしたレストレーションワークの賜物であることは明快だ。ボディやシャシーの捻れは感じられず、ガタつきも皆無だ。サスペンションは突き上げず、風切り音は抑えられている。

ステアリングボックスは、オリジナルのウォーム&ナットからXK140のラック&ピニオンに交換されているためか、多少の緩みが感じられるが、一旦コーナーに進入するや、大径ステアリングホイールのおかげで充分に軽く正確だ。ブレーキは4輪ともノンアシストのドラムだから、それなりの踏力を要求されるが、街乗りならばそう問題はない。シフトダウンは素敵な6気筒の咆哮をエクゾーストから誘い出し、分厚い3.4リッターのトルクが体感できる。標準装着の13/4インチSUツインキャブレターとノーマルカムのままだが、これは私がかつて体験した中で最もスムーズなエンジンのひとつだろう。充分なトルクでアイドリングから5800のレッドゾーンまで"クリーミーに"吹き上がる。

軽くて感触のいいクラッチのおかげでギアチェンジは快感だ。エンジンサウンドは不自然さや息切れがなく、ストロークバランスは驚異的、各気筒から馬力が生み出されていることが実感できる。CMCはどうすればエンジンが包容力の塊になるのかを熟知していたようだ。

ただし、硬く荒れた路面ではあまり確実でないステアリングで、車がセンターラインを超えないよう左側を保持しなければならない。この車は、コンクールやショー出品を考慮して、年代考証的には正しいクロスプライタイヤ(6.00/16エイボン・ターボスピード)を履いている。だが、ジャガー社はその当時でさえ1951年以降は、スポーツドライバーのために185VR16サイズのピレリ・チンチュラート・ラジアルをオプション設定していた。もしこの車の素敵なエンジンと柔軟なシャシー特性を、現代の交通環境の中で楽しもうとするなら、私なら現在でもヒストリックカー用として生産されているチンチュラートを選ぶだろう。

編集翻訳:小石原耕作 Transcreation: Kosaku KOISHIHARA (Ursus Page Makers) Words: Robert Coucher Photography: Matthew Howell

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