100年ぶりに目覚めたイタリアを最初に走った車とは?

イタリア最古の車を、最初のオーナーの子孫、アレッサンドロ・ロッシが駆る。場所はオリジナルオーナーの工場跡地。(Photography : Marco Cossu)



時は流れて21世紀に入ってからタイプ3の正しいヒストリーが明らかとなった。発見したのは、クラブ・ストリコ・プジョー・イタリアの事務を担当するファブリツィオ・タイアナだ。「私は2000年にソショーにあるプジョーのアーカイブを訪ねた。そこで初期の販売記録を調べていて、最初期の1台がイタリアに販売されていることに気づき、その車のシャシーナンバーとダイムラーのエンジンナンバーをメモしておいたんだ。それがトリノの博物館に展示してある車だと分かって飛び上がったよ」

「そのつもりで見てみると、多くのパネルにシャシーナンバーの"25"が刻まれているのに気づいた。そして、自分が重要な発見をしたことを悟ったんだ。とはいえ、この車のヒストリーについて手がかりを持つ人間はひとりもいなかった。ピオヴェーネ・ロッケッテへ行って記録を調べたが無駄だった」

謎は偶然の出会いから解決に向かった。「私はひとりの年配の男性と出会ったんだ。その人は、母親がミスター・ロッシとその車の話をしていたことを覚えていた。そして、数人の名前と最初にあたるべき場所を教えてくれた。こうして私はラッザリ家の別荘を見つけ、骨董店の店主にたどり着いた。店主も二人の息子もいまだに存命だよ。さらに、ラッザリ家に縁故のある人ともつながった。その人はドイツに住む子孫で、偶然にも一族の歴史に詳しかったので、信じられないほどの情報を提供してくれた。こうして私は100年以上前の物語を解き明かすことができたんだ」

この発見を受けて、プジョー・イタリアが資金を提供し、2007年にボディとシャシーのレストアが行われた。仕事を託されたベネチアの木工職人は、当時の手法でボディワークをペイントし、フェンダーに残っていたオリジナルの塗装をほとんど残すことに成功した。

タイアナはこう話す。「レストアで車を分解して、さらなる証拠が見つかった。あの『サロンノ製』というプレートが取り付けられていたのは、まったく異なる種類の木材で、オリジナルの黒のペイントが塗られた形跡もなかったんだ。私たちは、シートのクッションとソフトトップも当時と同じ素材で作り直した。タブリエも、留め金のオリジナルの位置に合わせて作り直した。今もタブリエを備えているのは、おそらくこの車だけだろう」

それからさらに10年近くの時が流れ、もうひとりの重要人物が登場する。最初のオーナー、ガエタノ・ロッシの兄弟のひ孫にあたるアレッサンドロ・ロッシだ。元エンジニアで、クラシックカーのエンスージアストである。「親友のジャンノット・カターネオと、いつかロンドン-ブライトン・ランに参加したいと話していたんだが、彼が、メカニカルコンポーネントをレストアする代わりにプジョーを使わせてくれと博物館に頼んでみてはどうかと提案したんだ。意外にも承諾をもらえたので、私たちは2016年の秋に作業を開始した」

しかし、予想以上の困難が待ち受けていた。「私たちはプジョーのアーカイブに長時間こもり、数人のスペシャリストにも情報を求め、失われていたパーツを探したんだ。ピストンとバルブ、バルブの駆動機構を作ったが、点火システムはすべて自力で製作したし、オリジナルのサーフェイス・キャブレターもなかったんだ」

「初めてエンジンを始動したのが2017年7月22日だ。100年ぶりの鼓動を耳にするのは感動的だったよ。100年近くもの間、このエンジン音を聞いた人間は自分たち二人を除いてこの世に誰もいないんだ」

ロンドンに赴いたプジョー・タイプ3は、2017年の出走車両の中で最も歴史的に重要な車に贈られるトロフィーを獲得し、イベント史上、最古の参加車両と認められた。しかし残念ながら、ディファレンシャルのトラブルで出走は断念せざるを得なかった。もちろん修理はすべて済み、記念すべき「イタリアの第1号車」は完璧な状態に戻った。

アレッサンドロ・ロッシが取り付けた約束に従って、タイプ3は間もなくトリノの博物館へ戻る。館長のベネデット・カメラナは、2018年11月のロンドン-ブライントン・ランに再挑戦する予算を既に配分済みだ。どうやらイタリアで最初に登録された車は、100年以上の沈黙を破った今、そのエンジン音を人々に聞かせたくてうずうずしているようだ。


乳母車のようなフードでは、たいして雨風をしのげそうもない。タイヤは、今も残るオリジナルを完璧に複製した新品。

1892年プジョー・タイプ3
エンジン:1160cc、17°V型2気筒、サーフェス型キャブレター×1基
最高出力:2bhp/1000rpm 変速機:前進3段MT、後輪駆動
ステアリング:ティラー&ロッド
サスペンション:横置き逆リーフスプリング
ブレーキ:レバーで作動する木製パッドを右後輪タイヤに接触 車重:400kg

編集翻訳:伊東和彦(Mobi-curators Labo.) Transcreation : Kazuhiko ITO(Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下恵 Translation: Megumi KINOSHITA Words : Massimo Delbo Photography : Marco Cossu Thanks to Fabrizio Taiana for his assistance.

無料メールマガジン登録   人気の記事や編集部おすすめ記事を配信         
登録することで、会員規約に同意したものとみなされます。

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

RANKING人気の記事