ポルシェの特別な存在│途方もないパワーを持つ917/30

Photography:Matthew Howell


 
それ以来、005は何度もオーナーが変わる
事態に直面するのだが、自動車コレクションの世界ではよくあること。現在のオーナーはオーストラリアのエンスージアスト、ピーター・ハルブルグだが、彼にしても、2014年2月にパリで開かれたレトロモビルのRMオークションに出品している。数奇な運命を辿ったこの車の経歴簿に、また新たな1章が書き加えられたわけだ。ハルブルグはオークションの前にトラックテストを催してくれたというわけだが、私としてはこうしてブランズハッチのパドックに立っていても、なお夢の中にいるような気分である。なんと伝説のポルシェ・ワークスドライバー、ユルゲン・バルトが、私がドライブするのに先だって917/30をウォームアップしてくれているのだから。
 
中に乗り込んでみる。その感じをどう言い
表わしたらよいのだろう。氷点下に近いこの日、メカニックがシートまわりを暖めてくれた気づかいがありがたい。途端にスターターモーターがうなりを上げ、水平対向エンジンの1気筒ごとに命の息吹が与えられていく。アイドリングでさえコクピット内はノイズが充満し、その音といったら途方もなく大きい。頭蓋骨にドリルで穴を開けられるような刺激的な音と響きで、体全体が共鳴しているかのようだ。エンジン音からすると、バルトは通常より500rpmほど多めに回しているようだが、これはエンジンを早く暖めるためである。

やがて燃
え残ったハイドロカーボンの独特の匂いと煙がピットガレージを包み込む。ブリッピングするたびにハイオクタンガソリンは濃くなり、私の目は強烈に痛くなり、同時に耳鳴りにも襲われた。バルトは自分を取り巻く有毒な霧状の煙と入り交じった騒音に耐えているように見えたが、私にはこれが限界。目をしばたかせ、あえぎながら917から転げ出た。917の轟音は止まることなく、その激しさは増すばかりだった。
 
こうしてウォームアップが完了すると私はま
たガレージに引き返した。近くで見ると917/30はヨーロッパを舞台に戦う曲線美にあふれた917とはまったく別の生き物であることがわかる。同じCan-Amカー同士で比較しても、前年の917/10とは明らかに格好が異なる。クリーンで空気抵抗が少なく、充分なダウンフォースを発生するボディワークは917/30独特のものだ。ボディはフランスの航空力学を専門とする会社"SERA"がデザインしたものだが、その後ダナヒューとペンスキー、それにポルシェの中枢部によってさらに改良の手が加えられ、1972年の冬にポールリカール・サーキットで最初の走行試験が行なわれた。

当初のボ
ディワークは917/10に対してほとんど変わらないものだったので、ポルシェ・チームはルマン用917のロングテールにちょっと手を加えたものをCan-Amカーにも適用させた。その長く延びたテールが917/30のもっとも特徴的な部分である。その効果は絶大で、それまで失望するほど遅かったミストラル・ストレートでの最高速212mph(約341km/h)を、ダナヒューはコーナリングスピードや高速域での安定性を犠牲にすることなく240mph(386km/h)まで引き上げた。一方でツインターボを備えた水平対向12気筒の驚異的なパワーとトルク、とくに強力なパワーは空力面での成功とともに917/30の可能性を極限まで高め、結果として917伝説に拍車をかけることになった。

ボディシェイプに凝ったところはない。ヒップ
の部分も含め両サイドはストンと落ちて平板のようであり、曲線部分も単純なカーブで構成されている。一見するとずんぐりとした骨太のマシーンのようだが、一皮めくれば特別なものは何もない。ライバルのマクラーレンが進歩的な設計で、基本となるシャシーがアルミニウム・モノコックであるのに対して、917/30は依然として複雑に入り組んだ小径のアルミパイプに依存している。それはポルシェのスポーツプロトタイプが1950年代から使ってきた細いスペースフレームの継承ともいえるものだ。

ボディワークを外した状態でこの軽量構造材
を見ると、美しいという言葉を通り越して恐ろしいほどの荘厳ささえ感じてしまう。チューブで作られた素晴らしい薄紗が巨大な水平対向12気筒エンジンやギアボックス、燃料タンクなどを抱きかかえており、もう一方の尖った端部はドライバーの下肢に合わせた形で917/30の前部のもっとも頑丈な構成部品を形作っている。その姿は芸術的であると私には思えた。
 

文:オクタン日本版編集部、編集翻訳:尾澤英彦 Transcreation:Hidehiko OZAWA Words:Richard Meaden 

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