コルベットを「アメリカを代表するスポーツカー」へと導いた1台の救世主とは?



この4台が提供されたのはレースのわずか5週間前で、フィッチは問題点を大急ぎで洗い出した。一般にロードカーをレース仕様にする際に起こりがちな問題はもちろん、当時のコルベットのハンドリングを改良するために、ジャガーとの比較テストも行われたという。

最終的にフィッチは、4台のクルマをできるかぎり分解して、シボレーでより良い状態にビルドし直す策を選んだ。プーリー上のベルトは二重にされ、ドライバーがステアリング・ホイールの空間を広くとれるようにステアリングシャフトは短くされた。また、ギア比や車軸の調整などは、夜遅くまでファクトリーで作業が続いた。

数々の改良策は、即座にシボレーの改良リストに加えられた。ホモロゲーション取得はもちろん、プライベータ―のレーサー達にもいち早く最善のコツを伝えるためだ。おかげで、その後数年のうちに、本格派レース場から週末の公道レースに至るまで、シボレーはパフォーマンス・ブランドとして広く成功を収めた。

こうして生まれたコルベットのスペシャル・モデルが、1956年3月にセブリング12時間レースに出場したSRだ。

レースの成果は上々だった。プロダクション・クラスではメカニカル・トラブルで2台が途中棄権したものの、残りの1台は全体15位、クラス6位を飾った。また、カーナンバー「1」を冠したプロトタイプは、ジョン・フィッチとウォルト・ハンセンの運転で全体9位とクラス優勝を飾った。

加えて、シボレーはプロダクション・チーム賞や、レース全体でのチーム賞を受賞した。ホーソーンが操ったジャガー・Dタイプや、モスが操ったアストンマーティン、フィル・ヒルが操ったフェラーリなどを始め、全51チームを抑えての大成功だ。

ピットストップで照明を浴びるナンバー「1」の勝利写真はコルベットの宣伝キャンペーンでも大活躍し、広告には「The Real McCoy(正真正銘のホンモノ)」とコピーが付された。栄誉を勝ち取るまでに時間はかかったものの、エド・コールのビジョンと決断を軸に、コルベットはついに「アメリカのスポーツカー」としての地位を獲得したのだ。



かつてコルベットの存続を救ったナンバー「1」は、著名なコレクターによる全体的なレストアを経て、2011年前半に現在のオーナーであるチャック・ウングレアーヌに購入された。2013年には、デトロイトで開催されたセント・ジョンズ・コンクール・デレガンス・オブ・アメリカで、「ザ・スピリット・オブ・デトロイト賞」も受賞している。今でもレストア後の完全な状態に保たれた姿は、まるで、1956年のセブリングのスタートラインから直接テレポートしてきたかのようだ。

取材後に受けたメールによれば、オーナーのチャックは「エクストラに新しいホイールやタイヤを入手して、いずれはヴィンテージのレースにも挑戦してみたいものだ」と、アイディアをめぐらせているという。


1956年コルベットSR セブリング・レーサー
エンジン(307ci):5031cc、8気筒、OHV、カーター4バレル・キャブレター2基
最高出力:255bhp/5600rpm(推定)
変速機:4段ZFマニュアル、後輪駆動
ステアリング:リサーキュレーティング・ボール式
サスペンション(前):ダブルウィッシュボーン、コイルスプリング、テレスコピック・ダンパ
ー、アンチロールバー 
サスペンション(後):リジッドアクスル、リーフスプリング、テレスコピック・ダンパー、補
強用にフーダイル社製レバーアーム・ダンパー
ブレーキ:4輪ドラム
最高速度:157mph(約253km/h)

抄訳:Full Package

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