空想上のユニコーン 夢と幻のマセラティ│3500GT コンバーチブル

Photography: Martyn Goddard


 
だが、熱烈なマセラティ・コレクターにとっては違う。あるヨーロッパの実業家にとってもそうだった。ジェントルマンドライバーでもある彼のクラシックカーへの情熱は、社会人になったばかりの若い頃に始まったという。最初は「クラシックカーではなく、ただの古い中古車」からだった。ジャガーを購入したら、最初に故障したときの修理費用のほうが高くついたこともある。やがて事業が成長し、趣味に使える予算が増えるにつれて、マセラティ、特にそのソフトトップに心を惹かれていった。当然ヴィニャーレ3500も手に入れて、かなり気に入っていたのだが、あるときトゥーリングのプロトタイプの写真を目にして考えが変わった。「その写真を見て、造られるべき車はこっちだったと思ったんだ」
 
彼はヴィニャーレを売却すると、幻のトゥーリング製コンバーチブルを手を尽くして探し始めた。それが1980年代末のことだ。以来25年にわたって探し続けたが、とうとう諦めざるを得なかった。なにしろプロトタイプは3台しか造られず、そのうち1台は存在すら疑われていた。本当に造られたのだとしても、おそらく早い段階でスクラップにされてしまったのだろう。残りの2台もオーナーが変わることは滅多になく、あるとしても個人取引でひっそりと売買されていた。


 
そこで彼は2013年に別の手段に打って出た。現在のカロッツェリア・トゥーリング・スーパーレッジェーラ社に、トゥーリング3500コンバーチブルをゼロから製造するよう依頼したのだ。すると何の因果か依頼して間もなく、長年探し求めていたオリジナルのうち最も歴史的価値の高い1台が、オークションに出品されたのである。このシャシーナンバー101-124は、1950年代にアメリカ屈指のカスタマードライバーだったテンプル・ビュエルJr.に売却され、その後ボクシングのヘビー級チャンピオンであるジョー・ルイスの手に渡り、最近コンクールレベルにレストアされたばかりだった。もちろん彼が千載一遇のチャンスを逃すはずはない。
 
それでも、トゥーリング・コンバーチブルをゼロから造るというアイデアが彼の頭を離れることはなかった。そこで、「プロトタイプとも違う、造られることのなかった車を製造してはどうだろう」とトゥーリングに提案したのである。となれば、造るのは3500GTIのコンバーチブルだ。1960年に登場したGTIは、よく考え抜かれたアップグレード版、いわばシリーズ2だった。従来のトリプル・ウェバーをルーカス製インジェクションに変更し(そのためGTに"I"が付いた)、フロントブレーキはドラムからディスクに、ギアボックスは5段式になり、リミテッドスリップディファレンシャルを標準で備える。つまりGTIによって、マセラティは新たなテクノロジーの時代へと歩を進めたのである。
 
夢のGTIコンバーチブルの製作は2014年に始まった。1958年のオリジナルと同様、クーペのルーフを取り除くところから始まる。2台のシャシーナンバーがクーペと連続しているのはそのためだ。ただし、1958年のモディファイを真似すれば済むほど単純ではなかった。GTIのボディはノーズが長くなり、リアのクオーターパネルの形状が変わるなど、GTとは微妙に異なる。トゥーリングのクラシック部門を率いるアンドレア・ドラゴーニが説明してくれた。「ウィンドスクリーンとカウルトップの部分も丸ごと異なります。したがって、既存の設計図のコピー&ペーストではなく、新たなデザインと設計作業が必要でした」
 
コンバーチブルへのコンバート方法を検討するために実験台となったクーペは1台だけではない。ドナーとなった1963年クーペのフルレストアを含めると、製造期間は2年を超えた。その間にオーナーは、狭い2座の後席をラゲッジスペースに変えることにした。長距離旅行で使えるように実用性を重視したのだ。色については、トゥーリングのデザインチームと検討を重ねた結果、ボディには端正な淡いアイボリー、インテリアにはグリーンとのツートーンを選んだ。「標準の組み合わせではありませんが、当時のショーカーで使われて非常に好評を得た色です」とトゥーリングのアンドレアは話す。

編集翻訳:伊東和彦(Mobi-curators Labo. )  Transcreation: Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下 恵 Translation: Megumi KINOSHITA Words: Dale Drinnon 

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