空想上のユニコーン 夢と幻のマセラティ│3500GT コンバーチブル

Photography: Martyn Goddard


 
2台の近くに立った私の目は、アイボリーとグリーンのGTIに自然に引きつけられた。いよいよ試乗するときが来ると、無意識にそちらに足が向いたが、オーナーは私を優しく押しとどめた。「たぶん、あちらを先に試したほうがいい」と、赤とベージュの1958年オリジナルを指し示す。もちろん異論はない。ドアを開けた瞬間から五感に心地よい車なのだ。それはインテリアのあらゆるディテールにも当てはまる。シフトノブは彫刻のように美しく、ダッシュボードのシガーライターは台座に載ったオブジェのようだ。 

ドライビングポジションもしっくりくる。といっても、イタリア伝統の"ステアリングを中心に手足を伸ばす"スタイルに慣れていればの話だ。エンジンは1回転で即座に始動した。クラッチは滑らかにつながり、シフトとステアリングは軽く正確で、乗り心地は意外にもしなやかだ。ジェントルマンGTといえども高回転域を好み、回転と共にエンジンノイズも高まるので、さらに踏みたくなる。目も眩むほどのパフォーマンスとはいえないが、グランツーリスモとしては間違いなくスポーティーな部類だ。生き生きしている上に扱いやすい。その印象は、オーナーのガレージにあったイギリス車を試していっそう強まった。同等のモデルでありながら、そちらは反応が鈍く、シフトも扱いにくかったのである。
 
次は1963 年GTI の番だ。一見、よくある外観のモデルチェンジというのが第一印象である。コクピットも、メーターのディテールやスイッチ類の配置が異なる程度だ(相変わらずスイッチにラベルが付いていないのでまごついた)。シートは若干高く、サポートが増したようだ。ところがエンジンを始動してみると、その違いはまさに自動車の進化の歴史そのものだった。ルーカスのメカニカルインジェクションはきちんと温める必要があるものの、いったん温まれば効果は絶大だ。ウェバーではパワーが落ち込むレンジでもクリーンに加速し、キャブレターには真似のできない範囲でトルクを発揮する。


 
エンジンは、5速で1500rpmからでもスロットルペダルにスムーズに反応する。扱いやすさはさらに向上し、ハイギアードのオーバードライブや秀逸なブレーキは、のろのろ運転が続く渋滞から、高速で飛ばす本格的なグランドツーリングまで、あらゆるシーンで効果を示す。3500GTがその性格やパフォーマンスの点で1950年代の典型とすれば、GTIには現代のパフォーマンスカーの基本的要素がすべて揃っているといえるだろう。その上、外観も文句なく美しい。もっと製造すれば、ちょっとした商売になりそうだ。
 
しかし、オーナーにその気はない。「これは純粋に情熱を形にしたものだから、それで利益を得るつもりはないよ」と話す。最後に、この幻の2台には四半世紀待つだけの価値があったか尋ねた。すると彼は何もいわずに笑顔で答えた。
 
それが飛び切りの笑顔だったことはいうまでもない。

編集翻訳:伊東和彦(Mobi-curators Labo. )  Transcreation: Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下 恵 Translation: Megumi KINOSHITA Words: Dale Drinnon 

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