レース・オブ・チャンピオンズ│レジェンドが駆ったメルセデス・ベンツに試乗

Photography:Dino Eisele/Mercedes-Benz


 
エンジンを始動すると、ボンネットの下からざらついた感触が伝わってきた。この辺はスタンダードのメルセデス4気筒と変わらない。シフトレバーで左手前の1速を選び、貴重なレーシングカーを発進させた。
 
ジンデルフィンゲンのコースで徐々にスピードを上げていく。2台でレースをすることはもちろん禁じられていたが、不世出のドライバーがかつて腰掛けたシートに身を委ねていると不満を口にする気も失せる。やがて2台はコースを疾走し、かつて相対したときを目の前で再現してみせた。レブカウンター上のレッドゾーンは7000rpm から始まるが、6000rpmも回せば充分な満足感が得られる。1周のほとんどは3速か4速で走り抜けられるが、もっとも速度が下がるヘアピンだけは2速までシフトダウンした。
 
ジンデルフィンゲンの主だったコーナーにはすべてバンクがつけられている。右コーナーのヘアピンを通過し、バンクを走り抜けてから左コーナーに進入。続いてこのコースでもっともテクニカルなセクションをクリアすると3速でフラットアウトを試みる。続いて4速にシフトアップし、瞬間的に5速に入ったところでこのコースの速度制限である160km/hに達した。ハンドリングはレーシングカーとして模範的なもので、マルチリンク・リアサスペンションのおかげでニュートラルな特性を示す。しかもレスポンスが良好でロードインフォメーションも豊富。車高を落としているのに乗り心地が良好なことも意外だった。


 
自主的に定めていたレブリミットの6000rpmには5速でも簡単に到達するので、いかに加速重視のファイナル・レシオであるかがわかる。それにしても190Eが偉大なスプリンターとは思えない。標準仕様でも0-100km/hは7.5秒だったのだから、ギア比を落としたこのレーシングカーはそれより速いはず。それでもエンジンのトルク特性がフラットで、トップエンドまで回しても特別なパワーを生み出すことはない。つまり、ドラマを演じることはなく、ただ素早いのである。エンジン音はメカニカルノイズ中心だが、それでも芝居がかったところはない。おそらく、これがメルセデス製スポーツモデルの真骨頂なのだろう。
 
1988年、190E 2.5-16 EvoⅡを駆るルードヴィッヒはメルセデスに初のDTM タイトルをもたらした。これは190Eが挙げた最後の栄冠だったが、それでもメルセデス・ベンツはDTMにとってなくてはならない存在となり、そのスピリットはAMGというブランドに脈々と受け継がれることになる。メルセデス・ベンツがAMG を買収したのは1999年のことだ。現在の190コスワースに相当するメルセデスAMG C63 Sは、ツインターボを組み合わせたV8 4リッターエンジンから510psの最高出力を絞り出す。
 
190E 2.3-16とはかけ離れたパフォーマンスだが、セナが栄冠を手にしたレーシングカーでバンクを駆け抜けていると、遠慮がちなパワーであっても彼が味わった勝利の喜びの一端を想像できるような気がした。

編集翻訳:大谷達也 Transcreation:Tatsuya OTANI Words:Glen Waddington Photography:Dino Eisele/Mercedes-Benz

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