美しき2台のクーペに試乗!│それぞれの確立された世界観と濃厚な魅力に迫る

この日、僕は明け方前の都内の道、早朝の高速道路、そしてワインディングロードを、マセラティ グラントゥーリズモMCとアストンマーティン ヴァンテージMTとを乗り換えながら走らせた。それはとても幸せな体験だった。けれどそれは同時に、もうこれで何度目になるのか数えたくもない、ほろ苦い時間の始まりでもあった。目一杯伸ばしたところで、どちらもそう簡単に手が届く相手じゃないからだ。

スタートはグラントゥーリズモMCだった。エンジンに火を入れる前にキーをシリンダーに差し込んで捻らねばならないというのは、今となっては逆に新鮮といっていいだろう。もはや古式ゆかしい儀式みたいな行為ともいえるが、でも、僕はわりと嫌いじゃない。キーを身につけてさえれば大抵のことが許されるというのは便利ではあるけれど、これからちょっとばかり特別なことをするのだという気持ちをくすぐってくれたりはしないじゃないか。





何しろ、このV8自然吸気ユニットに火を入れるというのは、特別なことなのだ。始動した瞬間にドラマが始まるのだから。最初の爆発を耳にした瞬間から心が震える。何という甘く美しく艶っぽく妖しいサウンド! F系の発音にもR系の発音にもどちらにも思えるような言葉にあてはめにくい音色を奏でて、右足を深く踏み込むより前の段階から、ドライバーを絡め取ろうとしていくのだ。



ちょっと変ないい方になってしまうのを許していただきたいのだが、それだからなのか、他のことがあまり気にならない。例えば油圧式パワーステアリングの手応えが滑らかで気持ちいいことだとか、段差や路面の荒れた箇所に差し掛かったときに車体に微かな捻れを感じて設計の古さを感じることがあったりとか、いろいろあるにはあるのだ。けど、すぐさま気にならなくなってしまう。恥ずかしい話、例えば“乗り心地はどう?”と訊ねられたとしたら、“きついっていう感覚は残ってないから悪くなかったんじゃない?”と応えてしまいそうなくらい。エンジン、とにかく濃いのである。おかでげまだ暗い都心をゆっくりと走っているだけでも快い。“ああ、気持ちいいなぁ……”という感覚に満たされていく。



高速道路に滑り込むと、その気持ちよさはさらに純度を高めていく。右足を深くプッシュすると、4.7リッターの排気量を持つエンジンが7000rpmまで素早くスムーズに、弾みを増しながら吹け上がっていく。8つの燃焼室での爆発がどんどんひとつに揃っていき、サウンドは綺麗に弾けながら澄んでいく。600psとか700psとかを知っているから速さそのものに驚いたりはしないけど、究極の管楽器ででもあるかのようなその音色には、抗うことなどできずに蕩けさせられる。トンネルに差し掛かると、思わずギアを1段か2段落として窓を開けてしまう。





街中だと少しぼんやりしたような印象のシャシーが、少しくっきりとしてくる。車体はやっぱり少し緩く感じられるけど、レーンチェンジは素早く一発で決まるし、その際にも、それに続く高速巡航時もちゃんと安定している。乗り心地も悪くない。グラントゥーリズモの名前は伊達じゃない、ということがありありと解るのだ。

文:嶋田 智之 写真:尾形和美 Words:Tomoyuki SHIMADA Photography: Kazumi OGATA

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