「どれほど『素晴らしい悪魔』になり得るかを思い知らされた」ランボルギーニ・ディアブロ

この記事は『進化したランボルギーニの「悪魔」│ディアブロ初期型と最終型をテスト!』の続きです。

1987年後半にランボルギーニはまたしても会社のオーナーが変わる。今度はクライスラーの一員になったのだ。

「プロジェクトは、たとえ以前ほどではなかったにしても、引き続き素早く進行していきました。私たちの立場は一風変わったものです。クライスラーからやってきたメンバーは、私たちの仕事振りにとても満足をしていて、敬意も払ってくれました。ただし、彼らはデザイン部門だけで350名が在籍しているのに対し、私たちはマルチェロ・ガンディーニというたったひとりのデザイナーに作業を外注していました。テクニカルな打ち合わせをする際、ランボルギーニ側からの出席者は1、2名なのに、クライスラーからは15名ほどが参加したので、軽い威圧感を覚えました」


「クライスラーはプロジェクトのことを気に入ってくれましたが、スタイリングに関しては完全に満足していたわけではありません。彼らの好みからすると、やや行き過ぎの部分があったらしく、モディファイの要望を受けました。いまにして思えば、彼らの判断は正しかった。なにしろ、そのおかげでいま見てもディアブロは新鮮に思えるのですから」


 
つまり、個人主体の思想が残るランボルギーニを大企業のクライスラーが牛耳っていたのだろうか?

「プロフェッショナルな部分の関係は、いつもとても良好でした」 マルミローリが振り返る。「ウィン・ウィンの関係です。彼らから学ぶべきこと(その大半はコスト削減策)もありましたし、彼らも私たちから学んだこと(ランボルギーニの従業員が抱く情熱に彼らはいつも驚いていた)もあります。私たちのボスはアイアコッカで、たくさん助けてもらいましたが、彼が会社を去ってからもプロジェクトはスムーズに進みました」
 
1990年1月に発売されたディアブロは、会社の大転換期を力強く生き延びるほど強い存在感を放っていた。自動車業界、とりわけスーパーカーの世界において、これは異例のことだ。ただし、開発の過程では困難もあった。

オクタン編集部

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