もっとも速く、もっとも美しい|ベントレーにおける「最良の答え」を示した伝説のモデルとは?

1953年ベントレーRタイプ コンチネンタル ファストバック(Photography:Charlie Magee)

1952年、Rタイプ・コンチネンタル・ファストバックはベントレーにおいて最良とは何かという問いに対して明確な答えを打ち出した。その定義は今日の車でも開発のベースになっている。

ベントレーRタイプ・コンチネンタル・ファストバック、またの名をベントレー・コンチネンタル・スポーツサルーンが公式に発表されてから60年以上がたつ。発売当時、世界でもっとも速い4シーターカーであるとともに、もっとも高価であり、またもっとも美しい車であることは何人も否定できない、それほどの車であった。

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ベントレーのチーフエンジニア、イヴァン・エヴァーンデンと、デザイナーのジョン・ブラッチェリーは、コーチビルダーのH.J.ミュリナーにアルミ板を叩かせて空気抵抗の少ないボディ形状の追求を求め、完成するとすぐにベントレーの大黒柱、Rタイプ・サルーンのスポーツシャシー上に架装させた。Rタイプ・コンチネンタル・ファストバックはこうして出来上がった。

時は流れ、1998年にフォルクスワーゲン・グループの傘下に入り、新しいオーナーシップのもとで再スタートを切ったベントレーは、イギリスのクルーにおいて、はるか以前に誕生したRタイプ・コンチネンタル・ファストバックからインスピレーションを受けたまったく新しい車を造ることを命じられた。ベントレーの伝統を再確認するだけでなく、それ以降の製品に流れる"デザインのDNA"を確かなものにしようとする意図がそこにはあった。そうした象徴的なボディシェイプをもつ車が2002年にプロトタイプ・デビュー、翌年、初代コンチネンタルGTが発売された。

その車にはいくつかの部分でかつてのファストバックと共通のデザインが見られた。そしてそれから15年後の今日、まったく新しいデザインをまとった2代目が登場する。ブラッチェリーの遺産はしっかり伝承されたのである。

Rタイプ・コンチネンタル誕生の背景
ベントレー初の量産サルーン・モデル、Rタイプはかなりの台数が販売された(生産能力の限界から初年度で9500台、さらに12ヵ月分のバックオーダーを抱えた)。これに対して、ファストバックは1952年から55年までの3年間にわずか208台が市場に出ただけだった。それだけ希少な存在なのだから、欲しがる人が多いのも当然である。しかし肝心なのは、これが単なる生産モデルではなかったということだ。組み立ては手作業で丁寧に進められ、納入価格は6928ポンドに達する高価格車だった。当時と現在では為替レートが大幅に異なるので、今のポンド換算で数字を出してもピンと来ないが、当時の英国内での人気車種、フォード・コンサルが707ポンド、イギリスの平均年収が468ポンド、戸建て住宅の平均価格が1891ポンドだったことを知れば、どれだけ高価な車であったかがわかるだろう。

編集翻訳:尾澤英彦 Transcreation:Hidehiko OZAWA Words:Glen Waddington Photography:Charlie Magee

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