すべてのコレクターが一台は所有すべき最高に贅沢な車とは?

Photography:Charlie Magee



ファンタムⅤは、それ自体がすでにかなり並外れて大きなシルバー・クラウドⅡをベースとしているので、平均的な車との比較は意味がない。123インチのスタンダード・ホイールベースを21インチ延長して143インチ(3632mm)とし、クロスメンバーを追加することで補強したシャシー。クラウドⅡから新たに搭載された6227ccの90°V型8気筒エンジン。パレード走行を設定して特に低いギア比を設定したGM設計によるライセンス生産の4速オートマチックギアボックス。そしてギアボックスから駆動されるブレーキサーボを備えた。 

エンジンはキャデラックおよびクライスラー製V8の特徴
的設計をコピー、そしてブレーキはイスパノ・スイザ特許の
メカニカル・サーボ・システムをベースとしている。これらに関してのポールのコメントは、「彼らはすでにある中でベストのものを採用し、それをさらにリファインした」だが、これは悪くない考え方だ。

コーチビルドが基本のリムジンだが、スタンダードボディというべきものは、当時のロールス・ロイスと近い関係にあり、その後1962年に吸収されて社内コーチビルダーとなったパーク・ウォードが手掛けた、いかにも生真面目な雰囲気を持つ7座リムジンであった。もちろん、セパレートシャーシーを持つということは、オーナーが自分で選んだコーチビルダーにシャシーを持ち込みボディを架装させるという、昔ながらの方法も可能なことを意味している。フランスのアンリ・シャプロンが架装した、縦型4灯ヘッドライトがユニークな1961年製ワンオフ、1820年代から続く特殊車両のコーチビルダー、ウッドオール・ニコルソン製の個性的な霊柩車などなど⋯。だが、最もエレガントなコーチワークといえば常にジェイムズ・ヤングのものを置いて他にない。

ロールス・ロイスを専門としたコーチビルダー中でも、最もクオリティが高いと評価されるのがジェイムズ・ヤングだ。その品質はドアの閉まり方ひとつで違いが歴然と判るという。テイムズ川の南側、ロンドン東南部ブロムリーで1863年の馬車時代から続く文字通りのコーチビルダーであるジェイムズ・ヤングは、1908年にウーズレーのボディを架装したのを皮切りに高級車のコーチビルドを得意とし、特に1937年にロンドン、バークレースクエアにあるロールス・ロイス/ベントレー・ディーラーのジャック・バークレーが買収してからは、これら両モデルのシャシー上にボディを架装することを生業としてきた。



ボディを手掛けたのは、ジェイムズ・ヤングのスコットランド人チーフデザイナー、AF マックニールである。彼は、顧客の近くで商売するというコンセプトでロンドンのチェルシーに拠点を構え、高級車の架装を得意としていたガーニー・ナッティング社から、ジェイムズ・ヤングに引き抜かれた。マックニールの溢れる才能は、フラッシュサイドに残っていた前後フェンダーのウエストラインに抑揚を増し、サイドの印象を柔らかくまとめあげた。すなわち、前輪上からなだらかに下降したラインは後席ドアで一旦低く落ち込んだ後、そのまま後輪を丸く包み込み、テールランプに向かって再び低く裾を引く。

ファンタムⅤで行われたジェイムズ・ヤングの仕事で最もエレガントものは、その後期に採用された「フーパースタイル」のリアクオーターウインドウだろう。「フーパースタイル」とは、1805年から続く高級車と高級馬車のコーチビルダー、フーパー& Coが生み出したスタイルだ。戦後のフラッシュサイドの時代には折衷ともいえるフロントフェンダーが、リアのホイールアーチまで優雅に裾を引いたデザインで有名だが、このフェンダーラインに合わせて、リアクオーターウインドウの後端がルーフラインと正反対の弧を描くウインドウラインを「フーパースタイル」と呼ぶ。いわばライバル会社の特徴のコピーだが、フーパーは、将来のモノコックボディの到来を予期して1959年に早々と事業を閉めてしまっていたので、「良いものはなんでも取り入れる」ロールス・ロイスの行き方としては問題はないのかもしれない。

さて、今回取材した"Ⅴ"は、ジェイムズ・ヤングのデザインナンバーPV23、いわゆるツーリングリムジンだ。ジェイムズ・ヤングでは当初、7座席のフォーマルリムジンボディをPV15、どちらかといえばプライベートユースの、4〜6座席のツーリングリムジンボディをPV22と呼んでいたが、1965 年のボディデザインの変更によって、それぞれPV16、PV23に変わった。PV23のLhd仕様は13台といわれている。本来、7名乗のフォーマルリムジンボディを載せることができるホイールベースに、4〜6名用のちょっとスポーティなボディを乗せるのだから素晴らしいプロポーションが生まれる。ポールは力説した。

「これは中でも最もエレガントなものだ。30万ポンド、状
態のいいものはもっとする。選び間違えれば錆びに悩まされることになるが、そこが何より重要で、完全に腐食のないものを探す必要がある。それでも、これの実際のライバルだったメルセデス600プルマンの価格と比べればバーゲンだといえる。巨大だが、このエレガンスとスタイルのレベルは他では望み得ないものだ。だから、実はたとえどのようなコンディションであろうとも、現存しているだけでも貴重なんだ。なにしろ9年間に、たった516台のファンタムⅤしか造られなかったのだ。決して多いとはいえないだろう」

196台をジェイムズ・ヤングが架装したが、そのうちの125台は1963年にシルバー・クラウドⅢの発表とともに4灯式ヘッドランプへと変更された。

編集翻訳:小石原耕作(Ursus Page Makers ) Transcreation:Kosaku KOISHIHARA( Ursus Page Makers) Words:Glen Waddington 

RECOMMENDEDおすすめの記事