プリンス自動車のインサイドストーリー 第7回│プリンスの営業センス

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スカイラインを特定の語り部によって世に伝えることを起案したのはプリンス自販である。スカイラインの市場定着を図る目的の下、プリンス自販はプリンスの中枢である同社の設計陣に対し、スカイラインの顔となる人物を設計部署のなかから選出してほしい、と依頼した。人選にあたったメンバーやその協議内容について、この場での記述は控えるが、プリンス設計部の首脳たちによって選ばれた人物こそ、他ならぬ桜井真一郎氏だったのである。

結果から判断する限り、この人選は的確なものだった。

プリンスの技術者の多くがそうであるように、桜井さんもまた、とてもまじめな方である。一度任命されたら、その使命を全うすることに全力を傾注する。根が技術者なので、その姿勢には一切半端なところがない。全身全霊で与えられた役割を果たしつくそうと努力する。

世の中には、時として公式見解が事実と異なることも少なくない。ふたつほど実例を挙げてみよう。ひとつはランボルギーニ・ミウラのデザイナーに関する見解。長い間ミウラはガンディーニ単独のデザインとされてきたが、2001年、フォルクスワーゲン傘下となったランボルギーニ社により、ジウジアーロが関与した事実が認められている。もうひとつはベントレーのケース。1930年3月13日から14日にかけて、ウルフ・バーナートが駆るベントレーが列車ブルートレインと競争して勝利したという有名な話。これも、公式見解では、用いられたクルマがベントレーのガーニー・ナッティングクーペ(通称ブルートレイン)だということになっていた。ところが21世紀になって、フォルクスワーゲン傘下となったベントレー社から、バーナートが運転した車両は異なっていた旨のプレスリリースが配布されている。これらは公式見解が事実に合わせて修正されたことにより、公式見解と事実に差があったことが顕在化した例である。

スカイラインにまつわる話のなかにも神話化し、都市伝説のようになっているものがある。特に桜井さんを発信源とする神話のなかには、彼の使命感によって産み出されたものが含まれている。そうした神話が生まれた背景には、悪意も過大な自己実現欲求も存在しない。あるのは、ただ、技術者らしい一途で強いスカイラインに対する愛情とプリンスへの忠誠心である。

スカイラインの語り部に桜井さんが選ばれて以降、スカイラインにまつわるプリンスからの発信は全て桜井さんを通して行なうことになった。これがセールスキャンペーンの一環であることを忘れてはならない。しかもそれは群像劇ではなく、絶対的な主役を据えた、桜井劇場ともいうべきものに仕立てられていた。

一連のキャンペーンのなかでは、桜井さんが関与してないことでも、彼自身の実績であるかのごとく語らなくてはならない。語り部の使命とはそうしたものである。プリンス設計陣の首脳たちが白羽の矢を立てただけのことはある、桜井さんはスカイラインの顔になるという日本の自動車業界において空前絶後の大役を見事に果たしている。

文:板谷熊太郎(Kumataro ITAYA)

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