「GT」の存在意義とは?|オーセンティックにして甘やかなマセラティ・グランカブリオに試乗

Maserati

その昔、スポーツカーとGTの区別とは、対候性のある屋根、長距離行でも快適性を担保するインテリア、必要最低限の荷室の有無、でしかなかった。自動車メーカーが仕立てたエンジン&シャシーに、注文主の意を受けてカロッツェリアやコーチビルダーがボディと内装を設えていたような時代だ。ゆえにランニングコンポーネント、つまり走りに直に関わるメカニズムの基本仕様は、スポーツカーとレーシングカーが同列だった時代、GTもさほど遠からぬものだった。むしろ高性能で耐久性に富んでこそ長距離を一気通貫に走れる車、そんな捉え方だったのだ。

こうした「GTの伝統」に則った最新世代のGTとして、マセラティが旗幟鮮明に掲げるのが3.0リッター V6ツインターボエンジン、「ネットゥーノ」だ。副燃焼室を備えた市販エンジンはそれまでも存在したが経済的ファクターではなく、F1由来のプレチャンパー燃焼機構としては世界初採用だった。ファン・マニュエル・ファンジオやスターリング・モスらが黎明期のF1で駆った名門にして、ずっとエンジン・コンストラクターだったマセラティが、「GT」を再び声高に主張するのに、またとないハイテクノロジーといえる。その新世代GTとして異なる仕様とチューニングのネットゥーノを搭載するのが、ミドシップのスーパースポーツながらエクストリームなGTを自認する「MC20」、レヴァンテより軽快なプレミアム・スポーツSUVである「グレカーレ」、普通名詞のようで固有名詞でもある「グラントゥーリズモ」、そして今回、イタリアで国際試乗会が行われた「グランカブリオ」なのだ。



グランカブリオはグラントゥーリズモのオープントップ版であることは確かだが、ことほどさように簡単な一台ではない。屋根がない分、ボディ剛性が落ちてパフォーマンスが低下するのは必然だが、グランカブリオは0-100km/h加速3.6秒と、クーペ版に譲ることたったコンマ1秒に留めた。いわばグランカブリオの魅力とは、オープン4シーターとして卓越した実用性を実現したバランスもさることながら、この珠玉のV6ユニットとオープンエアで対話できることにある。上モノがない分、クーペ以上に日常域のハンドリングが軽快に感じられるところも、ほとんどヒストリックカーじみている。車両重量自体はグランカブリオより+100kg前後ほど増しているにもかかわらず。



マセラティのGTといえば、ダッシュボード・クロックと艶やかなレザーのアップホルスタリーがお約束だ。それこそイタリアンGTの保守本流として譲れないディティールで、今世代のグランカブリオにも複数の文字盤パターンが選べるスマート時計、リアシート周りまでスキのないナッパレザー張りとして、受け継がれている。





一方でマセラティはミドシップやウェッジシェイプを早くから採り入れながら、コクピットのエルゴノミーに妥協なくつねに最善のものを採ってきた。12.2インチのデジタルメーターパネルは、ステアリングホイールに合わせ上辺が隅切りされ真四角形ではない。12.3インチで各種の車両情報やインフォテイメントを表示するセントラルディスプレイと併せて見やすい。さらに下へ、シフトセレクターボタンを挟んだ8.8インチのコンフォートディスプレイは、伸ばした手のひらに対し仰角になっていて、エアコンやシートヒーターといった乗員の快適性に直結する機能が収まる。ここにソフトトップ開閉や、グランカブリオのフロント2座にのみ備わるエアスカーフの設定タブも入っており、直観的に操作できる。静音や断熱、遮熱にも優れたソフトトップは、コンフォートディスプレイ上で指先をスワイプ&ホールドか、別設定のジェスチャーコントロールで、開閉いずれも約15秒。50km/h以下の速度域なら走行中も操作可能だ。





ちなみにソフトトップを閉じた状態で、トランクルーム容量は最大の172リッター、下ろした際にもソフトトップはトランクリッド裏に嵩まず畳まれ、131リッターとなる。つまりフロアから奥行にかけて3/4以上の荷室スペースが有効なままで、ゴルフバッグや機内持ち込みサイズぐらいのスーツケース2個ぐらいなら影響を受けない。また普段はトランクに折畳み収納できるウインドストッパーを、リアシート側面のホールに固定して走行中に試してみた。高速道路を130㎞/h巡航しても左右のウインドウを上げていれば、前席の2人が会話できるほどに巻き込み風を防ぎつつ、それでも頭上をそよそよと風が抜けていく感覚はあった。四六時中、ソフトトップを開けて走れる環境や状況は限られるからこそ、閉じた時でもクーペに比べて快適性が激しく見劣りせず、僅差であることにむしろ驚かされた。



そして肝心の走りと動的質感についてだが、優雅さと獰猛さという対極にあるものが同居する二面性というより、その中間領域にすらケレン味がたっぷり詰まってエレガント、それがグランカブリオの豊饒さだ。ドライバーが優しく走らせる限り、きわめてよく躾けられたGTとしてグランカブリオの振舞いは模範的といえる。アクセルやブレーキペダル、ステアリングの反応はほどほどに快適&スポーティで、高速道路でもスローペースでも乗り心地はしなやかで、神経を逆撫でするところがない。とはいえ高速道路のような平滑な直線路での「コンフォート」モードの、サルーンライクな柔らか足に比べたら、「GT」はある程度のアップテンポを許容する。大人4名がキチンと座れる車内で、会話を楽しみながら移動できる、そんな社交的なオープンカー生活を無理なく想像させる乗り味だ。



ところがワインディングで「スポーツ」または「コルサ」モードを選べば、ドライバーのごくごくエゴイストな楽しみにも、グランカブリオはたっぷり応じてくれる。ゆっくり走る際には片バンクを休ませさえするネットゥーノだが、アクセルを踏み込めば俄然、乾いたエグゾーストノートを響かせ、トップエンドでバリトンのように豪快なハイトーンを絞り出す。足まわりが固く締まるというより、車高とロールスピードがそのまま抑えられた感覚は、不思議とGTの時と地続きで、違和感なくステアリング操舵量は減じられ、パワートレインの反応は鋭くなる。前職はブレンボで移籍してきたというシャシー・エンジニアの一人が教えてくれた通り、軽さや前後重量配分に優れ、ストッピングパワーがただ強いだけではない。操舵やロール量に応じてVDCM(ヴィークル・ドメイン・コントロール・モジュール)に統合制御される姿勢ごと「美しい」と感じられる。そうした躍動感とアジリティは、それこそセンスのいい先読み制御の成せる業で、乗せられている感がなく途切れもしないのだ。V6をフロントミドに積む分、明らかにノーズの動きがV8の競合車種と比べて軽く、駆動方式はAWDとはいえ、よほどのことがない限りFRの状態を保つ。むしろドライのワインディングなら、2駆であり続けることが目的のような雰囲気だ。



これをオープンエアで操る刺激、ペースを落としている間の心地よさ、ソフトトップを閉じた際の静寂、をひと回り繰り返すと、ようやくマセラティGTの優雅なる本質に合点がいく。円安もあって日本での車両価格は3120万円~とはいえ、グランカブリオはグラントゥーリズモより122万円高でしかない。実際、GTとはあれこれできる機能性やピークパフォーマンス一発で選ぶものではなく、移動がもたらすエモーショナルな経験の深さを求めて乗る一台といえる。だから車庫事情が許すなら、オープンエアによる走りや感情の振れ幅を思えば、その価値があるはずだ。




文:南陽一浩 写真:マセラティ
Words: Kazuhiro NANYO Photography: Maserati

南陽一浩

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