コンクール常勝の「タルボ・ラーゴT150C」オーナーに学ぶ「美しい車」の本当の価値

1937年 タルボ・ラーゴ T150C SS フィゴニ・エ・ファラシ(Studio Photography:Michael Furman)



タルボT150C SS"90106"
フィゴニ・エ・ファラシのアーカイヴによると、ピーターの車(シャシーナンバー90106)は、1937〜38年に同社で生産された14台の"フォ・カブリオレ"のうちの1台である。1937年にベアシャシーの状態で引き渡され、サンルーフのない"フォ・カブリオレ"ボディが架装された。また、このうちのシャシーナンバー90116と90117の2台は1938年と1939年に、ル・マン24時間に参戦している。そのときのパフォーマンスに、エアロダイナミックなティアドロップのスタイリングが貢献したことは間違いない。1938年には"90116"が3位で完走した(1939年のレースに参戦した"90117"は完走できなかった)。

フィゴニ・エ・ファラシがボディの架装を始めるには、T150シャシーはこれ以上望めない素材といえた。独立懸架のほか、4リッターOHVエンジンは半球型燃焼室を備え、走りとパワーが両立していることからサーキットでも速く、ドニントンで行われたツーリスト・トロフィーでの1位、2位を含め、1937年に数々のレースで好成績を収めた。英国ではダラックの名で呼ばれるが、この理由は1930年代のタルボが抱えた複雑な歴史にある。

簡単に言えば、3社が合併によって誕生した「サンビーム・タルボ・ダラック」が1934年に倒産し、アンソニー・ラーゴという実業家がフランスのタルボ工場(イギリス、ロンドンに拠点を置く、同じ綴りのタルボットとは無関係)を買い取った。彼はイタリア生まれのイタリア人で名はアントニオだったが、フランスに拠点を置いていたときは自身のことを"アントニー"と名乗った。ラーゴは1920年代にイギリスに移住し、第一次大戦中に与えられた少佐の階級を再び使うことにした。これが投資家を誘惑する際に効果的だったことは疑う余地がない。しかしパリで造られた彼のタルボ・ラーゴをイギリスで販売するときは、イギリスのタルボットとの混乱を防ぐため名称を「ダラック」とする必要があった。

ピーター・ミューリンが所有するT150C SSは、オプションの"ローシャシー"モデルで、4リッターのエンジンは、圧縮比を高め、ゼニス-ストロンバーグ・キャブレター3基を備えたコンペティション仕様に仕立てられた。"C"はコンペティション、"SS"はスーパー・スポーツを示している。フィゴニ・エ・ファラシの記録によると、"90106"は出荷時にメタリックグレーの塗装が施されており、1937年のアールズコート・モーターショーで展示されていたものを、ベントレーボーイズのひとり、ウルフ・バーナートが購入した。

戦後の経緯は不明だが、ある時点でブルーを基調にフェンダーはグレーで塗装され、その後1960年代初期、忘れ去られた名車を発掘し、アメリカへ輸出することを専門としていたオット・ジッパーの手に渡った。彼はこの車をワーナー・ブラザーズのジョン・キャリー社長に販売する1980年まで、長年にわたりカリフォルニアにあるブリッグス・カニンガム・ミュージアムに貸し出した。この頃には、かつて地味だったティアドロップのボディは鮮やかな赤色に塗装され、グリルの後ろに取り付けられた流線型のアールデコ調ヘッドランプは、どことなくジャガーXK120の外観を思わせるポッドに入った、マーシャル製ヘッドライトに交換されていた。

1982年になって、同じくカリフォルニアのエンスージアスト、パット・ハートが買い取って美しいブラックに塗り替え、1984年のペブルビーチでクラス2位入賞を果たした。まだベスト・オブ・ショーを狙えるほどのレベルには達していないと感じたパットは、さらなるレストアに着手、1985年にピーター・ミューリンが買い取って作業を引き継いだ。

ピーターはペブルビーチでは絶大な評価を得ていたヒル&ボーン・レストア工房(レーシングドライバーの故フィル・ヒルがビジネスパートナーと設立した会社)にタルボを委ね、現在の繊細な暗紫色に塗装するよう依頼した。

「この色は私が好きな塗色のひとつです。2トーンに塗装する人もいますが、この車は造形美の神髄であり、塗り分ける必要はないと考えたのです。ダークカラーの一色塗装がフォルムを一層際立たせるからこそ、これは最も美しいカーデザインのひとつであると思うのです。もしかしたら、最も美しいと言ってもいいかもしれません」

編集翻訳:伊東 和彦(Mobi-curators Labo.) Transcreation:Kazuhiko ITO(Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:渡辺千香子(CK Transcreations Ltd.) Translation:Chikako WATANABE(CK Transcreations Ltd.) Words:Mark Dixon Studio Photography:Michael Furman

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